「Q&A」お内仏の仏華は造花でもいいの?
答え
良いとは言い難いですね。昨年お浄土に還られた先住職より「花というのは枯れるからいいんや」と聞き育ちました。仏華に限らず、この世にあるもの全ては常に変化し続け、永久に不変のものはないという、諸行無常の考え方によるものです。私たちの命もまさにそのものではないでしょうか。宗祖親鸞聖人は詩の一つに「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」と残されています。これは、親鸞聖人が得度(お坊さんになる儀式)を受けられる時、明日に執行しようと日延べを言い渡された時に詠まれた詩と言われています。今は満開の桜ですが、後で見れば良いと機会を先延ばしにして、夜中に嵐が吹き荒れ、綺麗な桜が散ってしまうかもしれないという意味と、ご自身の命の儚さを照らし合わせ「今」を精一杯生きるべきだという決意を表したものであります。ただ単に枯れた花を変える作業ではなく、綺麗な花から枯れた花へ変化し続けることを見届けることによって、私たちに無常の命を感じさせてくれます。どうしても難しい時期やタイミングはあるかもしれませんが、精一杯、仏様の御荘厳させていただくということが大切なのではないかと日々教えていただくことであります。
(第7組 光明寺 山内 称基)












